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プランナー、加藤 康祐、1980年生まれ。2012年11月、ET Incを設立。クライアントとパートナーとETが「やりたいことを、やりたいように、やり続ける」ための仕組みづくりに取り組む。

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wet, wet, wet.
HASHIJI Misuzu in KUNSTARZT

"「スクランブル交差点でスクランブルされてしまう! 無理無理無理!」って(笑)。"



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今回のフィリピンの地震で大きな問題になったのは、地方の孤立でした。橋も道も破壊されて、現場に行くことができない。そうすると食糧や医療品のデリバリーもできないし、被害状況の把握もできない。そこまで大きな被害が出ていると、電気や水道も遮断されてしまっている可能性が高く、今回の地震では実際に全てのインフラが遮断されてしまう地域がいくつもありました。こういった状況にとことん弱いのが、一箇所集中型のシステムです。

大きな発電所から電線で電気を送るには電線が繋がっていないとできません。ゴミの処理も、収集車で集めて一箇所で処理するというやり方だと、道路が復旧するまでゴミが溜まり続けます。結果、不衛生な環境を引き起こし、伝染病などの病気を蔓延させる結果を招きました。

その逆が複数分散型システムですね。村レベルで管理できるインフラを設置する。そうすれば、たとえライフラインが絶たれたとしても、ある程度の必要なものは揃います。

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「Hack For Japan 〜 テクノロジーで社会的課題を解決する人のためのコミュニティー作り」 - 高橋 憲一 / Hack For Japan スタッフ / イトナブ理事 - ユレッジ : 日本の「揺れやすさ」と地震防災を考えるサイト

"ところで、ジャンヌ・ダルクっているじゃないですか。隊列を率いて自由のために戦う女性像。そういう側面はありつつも、彼女の言う自由のそもそもって、もっと個人の内在的なもので、あんまり社会から勝ち取る自由、とかじゃないんじゃないかなと思いました。「化粧をすること」自体は男なのでよくわからないし、本を読んでもわからずじまいではあるのですが、それがある種の触媒として、だから極めて内と近い距離にある外因的なものとして働きかける、みたいなことなのかなと。ネパールに雇用を生むことは、もしかしたらその一歩先の話、ということかも知れない。"



"知り合いの本を読み、知り合いの作ったものを身につけ、知り合いの作ったものを料理して、知り合いの企画した場に行き、知り合いと共に仕事するー、みたいなことは好きですし(たまにしかないですけどね、言っても横浜市在住)、気がつけば実際そういう嗜好性になっている。コミュニティが良質であれば、そういうので十分生きるためのコンテキストって成立し得ると思うんですよね。"



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そこで思うのは日月君のところに少し書いた、「今、民俗学のフィールドを日本で、となったら、何を研究するだろうか」みたいなことだったんですよね。僕、案外、民俗学的アプローチの対象というのは身の回りにいる気がしていて、例えば、先述の畠山千春さんの狩猟に関する情報発信や、糸島シェアハウスでの暮らし。或いは、オフグリッドな暮らしを模索している人や、自然農に取り組む人、そういう今、若い人達を中心に「暮らしかた」という言葉を軸に語られている文脈って、結構、現在進行形の民俗学的なフィールドなんじゃないかなあと思ったんです。

そう考えると、僕が旅に出て目にしたりするもの、というのも民俗学的解釈になり得て、だからもっとちゃんと民俗学の本も読みたいなとか思ったんですけど、この本を読んで、割と自分の周囲にあるものが地続きな感じがして、とても面白いと思いました。

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仏教では苦しみが生じた縁起の連続を逆にたどり、原因となったものをひとつずつなくしていくようにします。先ほどの例で言えば、恐れ→求め→欲望と流れをさか登っていき、欲望を捨てることで物事が自分の思い通りになるように求めることをやめ、求めることをやめることで恐れのない平安な心を手に入れることを目指すのです。

物事の原因と結果の関係をよく考えて、よくない結果につながる原因をひとつずつ取り去っていく。これが仏教の根本的な考え方です。

では、この縁起の考え方をどう防災に活かすことができるでしょうか。それは予測可能な部分に関しては問題の原因につながる原因を取り除くという具体的な行動を取り、それ以上の予測困難な部分に関してはそうした状況が引き起こす影響をできるだけ弱められる可能性のある準備をしておくということになるでしょう。

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この映画のように、いつどこで何が原因となって災いが起こるのか知ることができたら、私たちも不幸な出来事が生じるのを未然に阻止することができるでしょう。しかし、現実にそのような願いは叶うはずもありません。この映画でも、この作品でも実はその予言に隠された秘密があることが明らかになっていきます。

予知や予言の力を持たない私たちは、どのような形にせよ望まない出来事に出会わざるをえない運命にあります。それに幸運にも、大きな災害に合わずに一生を終えることができる方もいるでしょう。しかしそれでも、また別の形の災いに出会ってしまうのが人間というものなのです。大きな災害に限らず、病気、事故、思い通りにいかないことなど形は様々です。なんらかの形で、ふいに訪れる不幸な出来事。それが災いなのです。

つまり、災いとは、私たちが生きている限りは出会わざるをえない苦しみのことと言えるでしょう。そしてそれは仏教が解決しようとしたことでもあります。

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